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東京地方裁判所 平成2年(ワ)363号 判決

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金六〇〇〇万円三三七三円及び内金三〇八九万二五二〇円に対する平成二年一月二三日から、内金二九一一万〇八五三円に対する同年七月四日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  本訴

被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金九七五万一五六〇円及び内金一五七万一二六〇円に対する昭和六一年七月一〇日から、内金七八〇万円ち対する同年八月一〇日から、内金三八万〇三〇〇円に対する同年九月九日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、金一億〇八二三万七五七〇円及び内金六四一三万五七七九円に対する平成二年一月二三日から、内金四四一〇万一七九一円に対する同年七月四日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

1  原告は、工業用バルブ等各種商品の販売を業とする商社であり、被告は、各種バルブの製造販売等を目的とする株式会社である(争いがない)。

2  原告が被告に売り渡した各種バルブ類について、次の売買代金請求権(以下「本訴請求権」という。)が発生し(いずれも争いがない)、原告の本訴請求は、その支払を求めるものである。

(一) 昭和六一年二月四日発注、同年四月一〇日納入分 代金額一五七万一二六〇円 (支払期日同年七月九日)

(二) 昭和六〇年一二月二七日発注、昭和六一年五月二〇日納入分 代金額六〇〇万円(支払期日同年八月九日)

(三) 昭和六一年二月二四日発注、同年五月二〇日納入分 代金額一八〇万円(支払期日同年八月九日)

(四) 昭和六一年四月二二日発注、同年六月三〇日納入分 代金額三八万〇三〇〇円(支払期日同年九月八日)

3  被告は、原告の債務不履行(予備的には不法行為としての契約締結上の過失)によつて、一億一七九八万九一三〇円の損害を被つたとして、右損害賠償請求権を自動債権、本訴請求権を受働債権とする相殺(対等額)の意思表示をし、本訴請求権の消滅を主張するとともに、反訴請求として、右相殺後の残額一億〇八二三万七五七〇円の支払を求めた。

二  争点

1(一)  原告を売主、被告を買主として、両者の間に、昭和六一年六月一七日までに、次の内容の売買契約が成立したか否か。

▽目的物 鉄鋼バルブ一式

▽数量、価額

Aグループ Bグループを除くバルブ 二二一二個 計七九万八九〇〇米ドル

Bグループ

ゲートバルブ 八九六個 計三五万四一〇〇米ドル (ただし、ボールバルブ八九六個に変更された場合は、計三四万九一〇一米ドル)

▽支払方法 船積日に米ドルで現金払

▽納期 昭和六一年一二月一一日、ボンベイ (九月上旬、九月下旬、一〇月下旬の三回に分割して釜山で船積み)

▽引渡条件 FOB釜山(FOB;Free on boardは、売主が買主の指定した船舶に売買の目的物を船積みするまでの費用及び危険を負担する取引を指し、売主は船積みの完了により免責される。)

(二)  右契約につき、原告に債務不履行があつたか否か。

(三)  (売買契約の成立が認められない場合)

原告に不法行為としての契約締結上の過失があつたか否か。

2  被告に生じた損害

3  被告の賠害賠償請求権と本訴請求権との相殺充当

第三  争点に対する判断

一  争点1(一)について(本項中の日付はいずれも昭和六一年である)

1  証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) キネティクス・テクノロジー・インターナショナル・コーポレーション(Kinetics Technology International Corporation;在アメリカ合衆国、以下「KTI」という。)は、昭和六一年ころ、インドのハジラで、石油プラント(以下「ハジラプラント」という。)を建設しており、ホルスト・カーバス株式会社(Horst Kurvers Gmbh;在ドイツ連邦共和国、以下「カーバス」という。)が、右プラント建設のコンサルティングを行うとともに、プラント建設に必要な使用機材、部品等を調達し、KTIに販売していた。他方、被告と原告とは、主として海外での需要に応じた被告からの水道用バルブ売買の引き合いに対して、原告が国内のバルブ製造業者による見積りを提示し、価額、納期等の条件が折り合えば、原告から被告に製品を販売するという取引関係にあつたところ、一月上旬、カーバスから、株式会社丸紅を通じて、被告にハジラプラント建設用高圧鉄鋼バルブ売買の引き合いがあつたので、被告は原告に見積りを依頼したが、原告が一月二一日に提出した国内業者による見積りは、見積額が高すぎるために成約には至らなかつた。

その後、原告のコンサルタントとして活動していた岡部産業株式会社(以下「岡部産業」という。)代表取締役の岡部篤(以下「岡部」という。)と被告貿易部貿易課係長の小野哲(以下「小野」という。)とは、三月中旬ないし下旬ころ、岡部産業及び原告と取引関係のあるパン・コリア・メタル工業株式会社(Pan-Korea Metal In-dustrial Co,Ltd;在大韓民国、以下「パンコリア」という。)が、現代重工業株式会社(在大韓民国、以下「現代」という。)を通じて、ハジラプラント向け鉄鋼バルブを受注、供給しようとしているのを知り、岡部がパンコリア代表者のJ.O.キム(Kim;金)と友好関係にあつたこともあつて、パンコリアが製造したハジラプラント向け鉄鋼バルブを、被告を通じてカーバスに供給しようとして、パンコリアとの交渉を開始し、被告と原告との間でも、改めて商談を行うことになつた。

(二) 原告は、四月一八日、被告から、現代による見積価額を示され、FOB釜山、代金額九九万三六〇〇米ドル、納期受注後五か月との条件で、確認書を提出するように求められたので、四月二八日、概算見積りとして、FOB釜山で一〇四万五〇〇〇米ドル等の条件を提示した上、正式見積りには単価、納期等についてパンコリアとの打合せが必要である旨連絡し、五月六日には岡部を訪韓させてパンコリアとの交渉を行わせた。そして、五月一二日、原告彦根支店長の山本修二(以下「山本」という。)及び同支店係長の大須賀貴幸(以下「大須賀」という。)が、右交渉結果に基づき、FOB釜山、一一二万米ドルとの条件を被告に提示したところ、被告から、五月一四日に右条件に副つた内容の確認書原案が送信され、確認書を提出するよう求められたので、原告は、同日、被告の原案に従つて次の要旨の確認書を提出した。

(条件) KTI向け鉄鋼バルブ一式

数量 計約五五二〇個(仕様は打合せの上で決定する)

仕様 明細は被告からの書類(Document)のとおり

非破壊テスト(RADIOGRAPHCTEST)費を含む。

(納期) 五月末までの受注の場合は一〇月二七日まで船積み(最終)分割積可

(受注金額) 一億七九二〇万円(一一二万ドル×一六〇円) FOB釜山又は神戸とする。

(納期及び品質保証) すべて原告が責任を負い、万一被告に損失を生ぜしめた場合は、直ちに原告が補償する。

(三) 五月一六日、被告から岡部に対し、カーバス、KTIとの打合せのためのロサンゼルス出張の件及びゲートバルブとして見積もつた品目の一部をボールバルブとして再見積りする件につき連絡があつたので、原告から、パンコリアに再見積りを依頼するとともに、岡部が、被告貿易部長の東海林正郎(以下「東海林」という。)のロサンゼルス主張に同道し、五月二〇日から同月二四日までの間、カーバスの実務担当者であるシューマッヘル(以下「シューマッヘル」という。)と技術面につき打合せを行つた。

その後、五月二五日に至り、被告から原告に対し、パンコリアが現代を通じて、C&Fボンベイ、一〇二万三〇〇〇米ドルとの条件で確認書を提出していることを踏まえて、次の事項を確認して返答するよう要求があつた。(C&F;Cost & Freightとは、売主が売買の目的物を約定の揚地まで運送するために、運送業者との間に運送契約を締結して、約定期間内に目的物を船積みし、運送業者から取得した船荷証券及び目的物についての商業送り状を買主に引き渡す取引を指す。)

(1) 数量の二〇パーセント位の増減変更を認める(約定納期は変更分の決定日より五か月以内とする)。

(2) 数量が変更されても、五月一四日付確認書を有効とし、同確認書記載の見積額金額から四・四七パーセント以上の値引きを承認する。

(3) 被告と原告との間の契約を米ドル建てとする。

(4) バルブの仕様は、KTIの仕様のとおりとする。

さらに、五月二六日、被告から原告に対し、五月一六日の再見積依頼とは内容を異にするボールバルブ八七三個の追加見積依頼があつた。

(四) 被告は、原告に対し、五月三〇日、ゲートバルブ八六九個がボールバルブに変更される可能性があると留保した上で鉄鋼バルブ三〇八一個の仕様書第三版を送付し、最終段階(FINAL STAGE)であることを明示して、右仕様書記載の仕様及び数量、FOB釜山、代金額一一四万米ドルとの条件を受諾するか否か、一一四万ドルという代金額を受諾できないときは、原告の希望代金額を、六月二日午前一二時までに返答するよう求めたところ、原告は、六月二日、次の内容の見積りを被告に送信した。

▽バルブ 三〇八一個 FOB釜山で一一五万三〇〇〇米ドル

▽条件 FOB釜山

▽支払 引渡時に米ドルで現金払

▽引渡 五か月以内(分割船積み可)

六月三日、原告は、被告に対し、ボールバルブに変更される可能性があるゲートバルブ八六九個につき、ボールバルブとしての見積りを提出したが、さらに、小野からの指示で、右見積りと六月二日の見積書とを総合した次の内容の申込書(OFFER SHEET)を提出した。この際、被告からボールバルブへの変更の有無の決定には一〇日程の日数を要すると通告を受けた。

▽申込有効期間 一か月

▽原産国 大韓民国

▽引渡条件 FOB釜山

▽船積日 被告から注文を受けた後五か月以内

▽支払条件 引渡時に米ドルで現金払

▽数量、価額

Aグループ Bグループを除くバルブ 二二一二個 計七九万八九〇〇米ドル

Bグループ ゲートバルブ 八六九個 計三五万四一〇〇米ドル

Cグループ Bに代わるボールバルブ 八六九個 計三四万九一〇一米ドル

(五) その後、被告は、原告からの六月三日の申込書に記載された条件に加え、五月一四日の確認書の納期及び品質保証条項と同様の条項を付加することを原告に求めて交渉を続けていたところ、六月一〇日になつて、山本から、被告と原告との間の契約締結を取り止め、被告とパンコリアとの間で直接契約を締結されたいとの申入れがあつたが、被告がこの申入れを強く拒絶したため、原告は右申入れを撤回し、交渉は継続されることになつた。翌六月一一日、被告は、原告に対し、原告の意向を汲んで、五月一四日の確認書の納期及び品質保証条項について、その内容を変えずに表現を変え、「クレーム発生の場合は被告も一致協力してその解決に最善の努力をする。」との文言を追加することに同意し、決裁は米ドル建てとすることを確認し、決裁条件及び仕様明細は早急に原告との協議の上決定することとして、原告の六月三日の見積りに基づき、同日午後から、シューマッヘルと正式契約に入る旨通告した。

(六) 原告は、六月一二日ころ、被告に対し、六月二〇日までにボールバルブへの変更の有無を決定すべきこと、六月二〇日以降に変更する場合はキャンセル料を要求することを申し入れたが、被告から返答はなかつた。

(七) 六月一六日ころには、被告とカーバスとの間の契約書のタイプ打ちに取り掛かる状況となつたので、小野、東海林及び泉は、岡部及び大須賀に対し、随時、契約条件につき確認の電話を入れたが、岡部又は大須賀から、特段の申入れや異議はなかつた。また、原告は、被告に対し、このころまでに、分割船積みの具体的時期につき、最初の三分の一を九月上旬、次の三分の一を九月上旬、最終の三分の一を一〇月下旬とする旨約していた。

(八) 東海林とシューマッヘルとは、六月一七日午後三時三〇分過ぎころ、被告本社で、一九種類の仕様明細書(REQUISI-TION SHEETS)で構成される付属文書(ATTACHMENTS)が添付された売主を被告、買主をカーバスとする次の要旨の契約書(DOCUMENT OF AGREE-MENT、以下「D/A」という。)に調印した。

第二項 通貨 米ドル

第三項 価額 三〇八一個 一二六万四二一八米ドル

第五項 引渡条件 C&Fボンベイ

第六項 引渡完了日 一二月一一日 ボンベイ到着

第九項 損害金 一二月一一日までに引渡を完了できない場合の損害金は、一週間につき買付注文額の一・五パーセントとし、最高七・五パーセントまでとする。

第一八項 ボールバルブへの変更

添付の指図書に星印が付けられたバルブ製品は、ボールバルブに変更することができる。買主は、解約する品目があるときは、六月二〇日までに売主に通告しなければならない。

被告は、原告が最終仕様の早期確認を切望していたので、D/Aの内容を原告に知らせようとしたが、パンコリアにD/Aの内容を確認する趣旨の署名をしてもらうために、原告又は岡部産業を通じてパンコリアにその写しを交付する必要があつたこと、D/Aが重要書類であり、量的にも膨大であること、ファクシミリ送信では文字のにじみによつて判読できなくなる可能性があることなどから、D/Aの写しを原告彦根支店に直接届けることにし、原告にその旨連絡した上、調印後直ちに、右写しを携えた小野を原告彦根支店に向かわせた。小野は、同日午後六時過ぎに彦根支店に到着したところ、被告から連絡を受けた山本、大須賀及び岡部が執務時間後も待機していたので、山本に対し、携えてきた右写しを手渡して、被告と原告との間の契約条件につき変更がない旨再確認し、山本らから歓待を受けた。

2  売買契約は、当事者間に、財産権の移転とその対価としての金銭の支払の合意が成立すれば、原則としてその時点で成立する。しかし、当事者は、一般的に付随的手続事項と解されるものに重要性を認めて、それを売買契約の要素とすることができ、その場合は、その付随的事項についても合意が成立することを必要とする。

また、当事者間に合意が成立したというためには、当事者双方が、契約の要素とされるすべての事項につき最終的かつ確定的な意思表示をし、これらが合致することを要するが、他面、売買契約は、代金額がいかに高額であつても当事者間の合意だけで成立する不要式の諾成契約であつて、意思表示の方式等に何ら制限はない。

本件での売買の目的物は、特殊な受注生産品である鉄鋼バルブであつて、その種類、用途、大きさ、材質等の仕様(SPEC;スペック)の明細、数量、代金額が重要な意味を有しており、右の各事項が確定しない限り、財産権移転及びその対価としての金銭支払につき合意が成立したということはできない。さらに、本件での売買は、最終的には、KTIにハジラプラント向け鉄鋼バルブを供給することを目的としており、パンコリアが製造したバルブをインドのボンベイまで海上運送する必要があつたのであるから、いずれの当事者が海上運送費用や海上運送における危険を負担するのか、言い換えれば、原告は、被告に対し、いつ、どこでバルブを引き渡せば、売主としての義務を履行したことになるのかもまた極めて重要な事項であり、原告及び被告は、右の事項の重要性を認識し、これを契約の要素とすることを当然の前提としていたと認めることができるから、本件売買契約が成立したというためには、右の事項についても合意が成立したと認められることを要する。

3  被告は、原告が被告に確認書を交付した五月一四日に基本契約が成立し、原告が被告からD/Aを受領した六月一七日に契約内容が確定し、本件売買契約が最終的に成立した(個別契約が成立した)旨主張するので検討する。

(一) 五月一四日の確認書では、売買の目的物となるバルブの仕様ついて被告と打ち合わせた上で後日確定することが予定されており、その数量も約五五二〇個とされるにとどまるのであつて、目的物が最終的に確定されたとはいえない。また、引渡条件について、FOB釜山とするか、FOB神戸とするのかの決定も保留されている。したがつて、原告と被告とは、五月一四日の時点では、契約の要素となる事項について事後の交渉の過程で確定していくことを予定していたと解されるから、右確認書を原告代表取締役(当時)の奥野健三名義で作成したとの事実を考慮しても、右時点で、売買契約が成立したとはいえない。

(二) 他方、前記一1で認定したとおり、五月一四日の確認書中で提示された納期(受注後五か月以内に船積み、分割船積み可)、被告から五月二五日に提案された支払条件(米ドル建て)、五月三〇日に提示された数量(三〇八一個)及び引渡条件(FOB釜山)、原告が六月二日に提示した見積額(一一五万三〇〇〇米ドル)及び支払条件(引渡時に現金払)が、いずれも変更されることなく、原告の六月三日の申込書に採用された事実、並びに、被告が、右申込書に応じて、原告に対し、六月一一日、決裁条件及び仕様明細につき早急に原告と協議の上決定するとの留保付きながら、原告見積りに基づきカーバスと契約締結に入る旨通告した事実が認められるほか、大須賀が、原告の六月三日の申込みの有効期間内に被告が承諾すれば、契約は成立するものと認識していたことや原告と被告との間の売買がカーバスにバルブを転売することを目的としていた(被告とカーバスとの間の契約が成立せず、又は、被告とカーバスとの間の契約でのバルブの仕様明細と、原告と被告との間の契約でのそれとが一致しない場合には、原告と被告との間で契約を締結する意味がなくなる)ことを併せ考えると、六月一一日までに契約条件の実質的内容が固まつたので、仕様明細の早急な協議を行い、すなわち、被告とカーバスとの間の契約締結後速やかに、その締結によつて確定する仕様明細に従つて、「最終スペックの確認」を行い、最終的かつ確定的に売買契約を締結しようというのが、原告及び被告の意思であつたと推認することができる。

そして、山本が、六月一七日午後六時過ぎに、原告彦根支店で、D/Aの写しを受領したことによつて、「最終スペックの確認」は完了し、右時点で、原告と被告との間に、

▽目的物 D/A所定のKTIハジラプラント向け鉄鋼バルブ一式

▽数量、価額

Aグループ Bグループを除くバルブ 二二一二個 計七九万八九〇〇米ドル

Bグループ ゲートバルブ 八六九個 計三五万四一〇〇米ドル (ただし、ボールバルブ八六九個に変更された場合は、計三四万九一〇一米ドル)

▽支払条件 船積日に米ドルで現金払

▽納期 注文後五か月以内に釜山で船積み (九月上旬、九月下旬、一〇月下旬の三回に分割して釜山で船積み)

▽引渡条件 FOB釜山

との内容の売買契約が成立したと解するのが相当である。

しかしながら、本件全証拠によるも、原告と被告との間で、右時点で、納期につき一二月一一日にボンベイに到着させるとの合意が成立したとの事実は認めることができない(後記一4(三)参照)。

(三) なお、六月一一日時点では、納期及び品質保証につき条項の具体的表現が最終的に決定せず、また、決裁条件の詳細の決定も留保されているが、右納期及び品質保証条項については、実質的内容を変えないで、専らその具体的表現だけで調整しようとしたにすぎず、契約の要素となり得るような実質的部分は既に決定されていたというべきであり、また、決裁条件については、原告と被告との間では、従前から継続的に毎月一、二件の輸出向けバルブの売買取引を行つていたところ、被告は約旨に従い確実に代金を支払つており、その間には一定の信頼関係が存していたと認められ、本訴請求での四件の売買取引でも、決裁条件の詳細を決定しないまま目的物の引渡等を行つていることを併せ考えれば、契約の要素としての決裁条件ないし支払条件は、船積日に一一五万三〇〇〇米ドルを現金払いするとの点に尽きるものと解することができるから、売買契約の成否に影響を及ぼすものではない。

4  原告の反論について

(一) 原告は、六月一七日の時点では、ゲートバルブがボールバルブに変更される可能性があり、目的物及び代金額は確定されておらず、また、変更を認める期限、変更の場合のキャンセル料も定められていないから、売買契約は成立していない旨主張する。

しかし、原告が、被告から五月一六日以降ボールバルブへの変更の可能性が通告されていたのを受けて、変更された場合のボールバルブの数量及び代金額を折り込んで六月三日の申込書を作成している事実、原告が、六月一二日ころ、被告に対し、六月二〇日までにボールバルブへの変更の有無を決定すべきこと、同日以降に変更する場合はキャンセル料を要求することを申し入れている事実、被告とカーバスとの間のD/A第一八項に、ボールバルブに変更するときは、六月二〇日までに被告に通告しなければならないと定められている事実を総合すれば、本件売買契約の条件ないし内容の一として被告のボールバルブへの変更権を認め、被告は六月二〇日まで変更することができるが、六月二〇日までに変更の通告をしないときはゲートバルブに確定するというのが原告及び被告の意思であつたと合理的に推認でき、他方、契約締結後、早期に変更の有無が決定することから、殊更キャンセル料を定めることはしなかつたと認められる。(証人泉忠明は第一八項の趣旨につき曖昧な証言をすることが、同項には「ボールバルブへの変更」(Ballvalve change)との見出しが付され、また、ボールバルブへの変更が必然的に対応するゲートバルブの注文取消しを伴う以上は、ボールバルブに変更するときも六月二〇日までに被告に通告しなければならないと解するのが合理的である。)

よつて、原告主張は理由がない。

なお、カーバスからは六月二〇日までに変更の通告がなかつたので、被告とカーバスとの間では変更されないことに確定し、したがつて、被告も原告に変更の通告をせず、原告と被告との間でもボールバルブに変更されることなく目的物は確定した。その後になさたカーバスから被告に対する注文保留等の申入れは、契約成立後の契約条件の付加変更の申込みとみるべきであつて、本件売買契約の成否の判断に影響を及ぼすものではない。

(二) 原告は、契約書類が作成されていないから、売買契約は成立していない旨主張する。

しかし、原告と被告とは、以前から輸出向けバルブの売買取引を行つていたところ、それらの売買交渉、契約締結においては、被告が見積り依頼をファクシミリ送信するのに対し、原告が値段を付けて返信し、被告がそれに基づき顧客と商談するという方法を採つており、成約の場合でも、正式な契約書類はほとんど作成せず、契約後に作成した注文書(PURCHASEORDER)と注文請書(ORDERACKN-OWLEDGEMENT)とを交換するにとどめることが慣行化し、しかも、成約後、注文書を発行するまでに一週間程度を要することがあつたのであるから、原告と被告との間では、契約書類の作成、交換は重視されておらず、その作成、交換を待たずに売買契約を成立させていたものと認められる。そして、本件全証拠によるも、本件売買契約に関してのみ、契約書類の作成、交換によつて契約を成立させるべき特別の事情は認められない。

よつて、原告主張は理由がない。

(三) 原告は、被告が、D/Aに基づき契約条件を付加、変更しようとして、原告の六月三日の申込書による申込みを拒絶したから、売買契約は成立しない旨主張する。

ところで、証拠によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告が一〇月下旬までに釜山での最終船積みを完了すれば、かなりの余裕をもつて、カーバスとの間の約定納期である一二月一一日までにボンベイに到着させることができる。

(2) 原告がD/Aを受領した後の原告と被告との間の交渉は、六月二〇日に、被告が約定納期内(五か月以内)に船積みを完了するよう求めたのに対し、原告が、岡部を通じて、最終船積みを一〇月下旬から一一月下旬に延期するよう申し入れたことによつて開始され、六月二五日から六月三〇日にかけて、最終船積分の納期延長、具体的な運送計画の決定に関する交渉が行われた。被告は、右交渉では、専ら釜山での船積期限の厳守を求め、ボンベイ到着期限の厳守は求めておらず、また、納期遅延に対するペナルティは、被告自らが負担するものと認識しており、これを原告に負担させようとはしていない(《証拠略》には「当社は

九五〇〇〇の納期延長ペナルティを現金支払をせねばなりません。」、《証拠略》には「当社は非常に厳しい状況にあることを御認識願います。」の各記載がある。)。

(3) C&Fボンベイ、銀行保証、納期遅延に対するペナルティを原告と被告との間の契約条件とするための本格的な交渉が開始されたのは、七月七日以降である。

(4) D/Aは英文で書かれているが、被告と原告との間、原告とパンコリアとの間で取り交わされた文書は英文で作成されたものが多く、特に原告と被告との間の従前の売買契約での注文書、注文請書は英文で作成され、本件での売買交渉を担当した大須賀も大学英文科を卒業した経歴があり、D/Aの内容を検討するにつきそれが英文で書かれていることは何ら影響を及ぼさなかつた。

(原告は、被告に対し六月一八日に納期、納期延期に対するペナルティにつき承諾できないと申し入れた旨主張し、《証拠略》中には右主張に副う部分も存在するが、右(2)ないし(4)の事実に照らせば、採用の限りでない。)

以上の事実を総合すれば、六月一七日の時点では、原告と被告との間では、船積期限を厳守することが重要視されていた反面、ボンベイまでの海上運送における遅延の具体的可能性は認識されておらず、被告は、カーバスとの間で承諾せざるを得なかつたC&Fボンベイ、一二月一一日ボンベイ到着、銀行保証、納期遅延に対するペナルティという条件は、被告自らが容易に責任を負担できる条件であると認識していた事実、ひいては、被告は、これらの条件を原告との間の契約の要素とする意思はなく、スライドさせることを意図していなかつた事実、原告もこれらの条件がスライドされるとは認識していなかつた事実を推認できるから、被告が原告からの申込みを拒絶するとともに新たな申込みをしたということはできず、売買契約は、C&Fボンベイ、一二月一一日ボンベイ到着、銀行保証、納期遅延に対するペナルティという条件を含まずに成立したというべきである。すなわち、右諸条件は、既に成立した売買契約について、その条件を付加変更する趣旨で新たに申し込まれたものにすぎない。(証人小野哲の証言中には右認定に反する部分があるが、同証人は、六月一七日以前の原告と被告との間の交渉内容と、同日以降のそれとを明確に区別せずに証言していると認められるので、右認定の妨げにはならない。)

よつて、原告主張は理由がない。

5  以上のとおり、原告と被告との間に前記一2(二)記載の売買契約の成立を認めることができる。

なお、被告が主張する売買契約と当裁判所が認定した売買契約とでは、その納期につき齟齬があるが、それは成立した売買契約の効果、効力として考慮すべき問題であり、売買契約の成否に関する限り、その判断に影響を及ぼすものではない(以下当裁判所が認定した売買契約を「本件売買契約」という。)。

二  争点1(三)について

原告は、本件売買契約の成立を否定し、債務を履行する意思をまつたく有しておらず、昭和六一年七月二一日には、被告に対し、受注を辞退すると称して、債務履行の意思がないことを明確にかつ最終的に表明しており、本件売買契約所定の昭和六一年九月上旬、同月下旬、同年一〇月下旬の各船積期限、契約成立の五か月後である同年一一月一七日の最終納期が経過したことも明らかであるから、本件売買契約につき、原告は自己の債務の不履行について履行遅滞の責任を免れない。

三  争点1(三)ついて

本件売買契約の成立が認められる以上、原告の過失によつて売買契約が不成立となつたことを前提とする不法行為の主張(予備的請求)については、判断するまでもない。

四  争点2について

1  事務処理費用等

(一) 被告は、東海林を昭和六一年五月一九日から同月二四日までの間ロサンゼルスに出張させるために航空運賃等合計四〇万〇〇八八円を支出した。(被告は四五万一一七八円を支出した旨主張するが、重複を理由に食事代等五万一〇九〇円を差し引いた点を考慮しておらず、採用できない。)

しかし、右四〇万円〇〇八八円は、本件売買契約締結前に支出されており、被告は、本件売買契約を締結するに至らなかつた場合でも、その支出を避けられないから、原告の債務不履行との間に因果関係を認めることはできず、原告にその賠償を求めることはできない。

(二) そのほか、被告主張の昭和六一年四月から昭和六二年一月までの間の通信費二七万〇五二八円、カーバス、KTI等の折衝費二八万〇九六三円、彦根出張費その他事務処理雑費二万六二〇〇円については、いずれもその発生を認めるべき的確な証拠がない。

(三) よつて、被告主張の事務処理費用等は、いずれも損害と認められない。

2  国際商事仲裁協会(International Chamber of Commerce;以下「ICC」という。)に納付した管理費用予納金

(一)(1) 原告の債務不履行によつて、被告がカーバスとの間の売買契約を履行できなくなつたために、カーバスは、KTIに納入する代替品を緊急調達せざるを得なくなり、昭和六一年八月一三日、被告に代わるラザロ・イチュアルテSA社(LAZARO ITUARTE SA;在スペイン)との間で、代替品の供給契約を締結して代替品を購入した。

(2) カーバスは、被告の契約不履行によつて、右緊急調達費用等二八万四五三五・〇八米ドル及び一一万八七五七・二一独マルクの損害を被つたとして、昭和六二年六月七日、その賠償を求めてICCに仲裁手続を申し立てたので、被告は仲裁手続のための管理費用予納金として、

<1>昭和六三年四月二八日 一万五〇〇〇 米ドル(一八九万円)

<2>平成元年一月二〇日 一万五〇〇〇 米ドル(一九三万四二五〇円)

<3>同年八月一日 一万五〇〇〇米ドル(二〇五万九五〇〇円)

をそれぞれ納付した。

(二) カーバスによるICCへの仲裁手続申立ては、「売買契約に関する紛争はICCによる調停、仲裁によつて終局的に解決される。」旨定めたD/A第二二項に基づいており、国際商事取引における紛争解決の在り方としてごく一般的なものである。もつとも、被告とカーバスとの間には適法に調印されたD/Aが存在し、被告の契約不履行の事実についてはほとんど争う余地のない事案であつたと認められるが、被告としては、カーバスの主張する損害額についてはなお正当に争う余地があり、被告とカーバスとの間の紛争解決がICCの仲裁手続に委ねられたことはやむを得なかつたといえる。そして、本件売買契約は、カーバスへの転売を当然の前提としており、かつ、原告は昭和六一年六月一七日にD/Aの写しを受領していたのだから、原告において、原告が本件売買契約を履行しない場合、被告とカーバスとの間に紛争を生ずること、その紛争の解決のためICCに仲裁手続が申し立てられることを予見できる状況にあり、仲裁手続のために当然必要とされる管理費用予納金の支出をも予見できたというべきである。

したがつて、<1>及び<2>の予納金について、原告の債務不履行と相当因果関係のある特別損害と認める。

これに対し、<3>の予納金は、被告からの解約損害金反訴請求等によつて必要となつた費用であるが、本件全証拠によるも、右反訴請求の正当性は認められないし、原告において右反訴請求の提起を予見できたと認めることも困難であるから、その支出と原告の債務不履行との間に相当因果関係はないといわざるを得ない。

(三) よつて、合計三八二万四二五〇円を損害として認めることとする。

3  ICC中間決定に基づき支払つた賠償金

(一) ICCは、平成元年九月二五日、被告とカーバスとの間の契約価額八九万四三八二米ドルと代替品購入価額一一七万七八二三米ドルとの差額二八万三四一一米ドル及び緊急調達に要した費用(損害金合計三四万〇九三二・七九米ドルから右二八万三四二米ドルを差し引いて五万七五二一・七九米ドルと算出できる)を、被告の契約不履行によるカーバスの損害と認め、被告に対し、

▽損害金 三四万〇九三二・七九米ドル

▽損害に対する平成元年五月三一日まで年一割の割合による利息 九万二九六〇・〇六米ドル

▽損害金に対する同年六月一日から支払済みまで年一割の割合による利息の支払を命ずる中間決定を下したので、被告は、カーバスに対し、平成二年一月八日、内金三五万米ドル(五〇八七万二五〇〇円)を支払つた。なお、右三五万米ドルは、別紙計算書記載1のとおり、

▽同日までの利息 一一万三六九六・二四米ドル

▽損害金 二三万六三〇三・七六米ドル

に充当されるべきものである。

(二) 一般に、売主(本件では被告)の契約不履行のために、転売主である買主(本件ではカーバス)が填補行為をした場合、売主は、填補行為が経済的にみて合理的であると認められる限り、契約価額と代替品購入価額との差額及び代替品購入費用を、買主の通常損害として賠償すべきであるところ、本件での売買の目的物である鉄鋼バルブがハジラプラント向けの特殊な受注生産品であつたこと、納期(昭和六一年一二月一一日ボンベイ到着)が切迫して緊急性が高かつたことを考慮すれば、被告とカーバスとの間の契約価額八九万四三八二米ドルの約一・三一七倍に相当する代替品購入価額一一七万七八二三米ドル、代替品購入価額の約〇・〇四九パーセントに相当する代替品購入費用は、いずれも合理的な範囲内にあるということができる。そして、本件売買契約は、ハジラプラント向け鉄鋼バルブをカーバスを通じてKTIに供給することを目的としており、原告は、原告の債務不履行によつて、被告がカーバスとの間の売買契約を履行できなくなれば、カーバスがKTIとの間の売買契約を履行するために代替品の購入を余儀なくされることを当然予見すべきであつた。したがつて、被告がカーバスに賠償せざるを得ない損害金は、被告と原告との関係では、被告自らが補填行為をした場合に準じて、その金額を原告に負担させるのが相当であつて、被告が支払つた三五万米ドル中、損害金に充当させるべき二三万六三〇三・七六米ドル(三四三四万六七五一円)を、原告の債務不履行と相当因果関係のある特別損害と認めることができる。

(三) 損害金に対する利息については、ICCの仲裁裁判が終局的判断であり、一切の不服申立てを許さず、中間決定によつて被告が賠償すべき損害金額は確定し、支払を命じられた損害金は中間決定後直ちに支払うべきものであることから、中間決定後に生じたものは、原告の債務不履行との間に相当因果関係を欠くというべきである。また、利息は、被告とカーバスとの間の紛争解決が遅れれば遅れるほど増加することになるが、紛争がいたずらに長期化し、利息額が高額になつた場合にまで、その全額を原告に負担させることは相当でない。本件では、被告がカーバスに対し契約破棄を申し入れた昭和六一年七月一二日から中間決定があつた平成元年九月二五日まで三年余りが経過しているところ、国籍を異にする当事者間の紛争であること、第三国であるカナダのICCのバンクーバー支部で仲裁手続が行われたこと、他方、D/Aの存在によつて被告の契約不履行の事実についてはほとんど争う余地のない事案であつたことを考慮して、各半年分の限度で、原告の債務不履行と因果関係のある特別損害と認めるのが相当である。

さらに、利息に適用される利率について、原告がカリフェルニア州法定所の年一割の利率が採用されることを予見できたとは到底認められず、わが国の商事法定利率年六分の限度で、因果関係を認めるのが相当である。

したがつて、別紙計算書記載2のとおり、平成二年一月八日までの利息に充当される一一万三六九六・二四米ドル中、一万〇二二七・九八米ドル(一四八万六六三六円)を、原告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。

(四) よつて、同記載2のとおり、合計三五八三万三三八七円を損害として認めることができる。

4  和解契約に基づき支払つた賠償金

(一) ICCは平成二年三月一二日、被告に対し、右中間決定で認定された損害金に加えて、

▽仲裁手続費用(管理費用を除く) 一一万〇五八九・二六米ドル

▽右費用に対する平成元年五月三一日までの年一割の割合による利息 四〇五〇・八三米ドル

▽右費用に対する同年六月一日から支払済みまで年一割の割合による利息 四万五〇〇〇米ドル

▽管理費用 四万五〇〇〇米ドル

▽右費用に対する決定通告日から支払済みまで年一割の割合による利息

の支払を命ずる最終決定を下したため、被告は、カーバスとの間で、平成二年五月九日、二七万米ドルの支払義務あることを認めて、これを同月一〇日限りカーバスに支払う旨の和解契約を締結し、カーバスに対し、同日、二七万米ドル(四二五三万五八〇〇円)を支払つた。

(二)(1) 右平成二年五月九日時点の被告のカーバスに対する債務は、別紙計算書記載3のとおり、

▽損害金 一〇万四六二九・〇三米ドル

▽損害金に対する平成二年一月九日から同年五月九日まで年一割の割合による利息 三四六八・五二米ドル

▽仲裁手続費用(管理費用を除く) 一一万〇五八九・二六米ドル

▽右費用に対する平成二年五月九日まで年一割の割合による利息 一万四四四三・一九米ドル

▽管理費用 四万五〇〇〇米ドル

▽右費用に対する平成二年三月二二日から同年五月九日まで年一割の割合による利息 六〇四・一〇米ドル

である。(最終決定通告日は、《証拠略》によつて、平成二年三月二二日と認める。)

(2) 被告が負担した損害金債務を、原告の債務不履行と相当因果関係がある特別損害と認めるべきことは、前記四3(二)のとおりであり、平成二年一月九日以降に生じた利息につき、原告の債務不履行との間の相当因果関係を否定すべきことは、前記四3(三)のとおりである。

(3) 仲裁手続費用の内訳は、カーバスが被告との間の紛争処理のために支出した

▽弁護士費用 八万七〇二四・三八米ドル

▽その他の費用(旅費、宿泊費、宣誓供述書費用、翻訳費用) 二万三五六四・八八米ドル

であり、ICCの仲裁手続上「通常の法律上の費用」として取り扱われ、被告に対し全額の負担が命じられたものである。

しかし、弁護士費用について、わが国の現行法制度は、当然に訴訟費用(民訴法八九条)に含めて敗訴者に負担を命ずるとの立場は採用していないと解されており、専ら債務不履行による損害の一態様として取り扱われ、事案の難易、請求額、認容額その他の事情を総合的に判断して、相当と認められる額に限り、債務不履行と相当因果関係にある損害として、その賠償を求めることができるにすぎない。(換言すれば、債務不履行による損害と不法行為とによる損害とを別異に解する理由はなく、弁護士費用についても、相当と認められる額の範囲内であれば、その賠償を求めることができる。)また、その他の費用については、民訴法八九条所定の訴訟費用として認められるべき性質のものが含まれている可能性はあるが、その詳細は証拠上明らかでないし、訴訟費用として認められないものは、弁護士費用と同様に、諸事情を総合判断して相当と認められる額の範囲内のものに限り、債務不履行による損害として賠償を求めることができるにとどまる。したがつて、被告が負担を命じられたICCの仲裁手続費用につき、原告の債務不履行と因果関係のある損害として、原告にその賠償を求めることができるのは、被告とカーバスとの間、原告と被告との間の事情等を総合判断して、相当と認められる額の範囲内のものに限られるというべきである。

本件では、弁護士費用が当然に仲裁手続費用とされている事実から、ICCの仲裁手続が弁護士強制主義を採用していることが窺われるが、少なくとも、被告とカーバスとがICCバンクーバー支部で仲裁手続を追行するには、弁護士代理が事実上必要不可欠であつたといえること、審理の結果、カーバスの主張、請求がほぼ全面的に認められていること、他方、仲裁手続費用として、仲裁手続申立て前の弁護士費用(ダリアン氏関係費用)までも含まれていること、カーバスと被告との間にはD/Aが存在し、ほとんど争う余地のない事案であつたことが認められ、以上の事実関係に照らせば、カーバスが支払つた弁護士費用については、中間決定で認定された損害金三四万〇九三二・七九米ドルの一割に相当する三万四〇九三・二七米ドルの限度で、その他の費用については、半額に相当する金額の限度で、原告に負担を求めるのが相当であり、右の限度で因果関係を肯定すべきである。

なお、利息については、前記四3(三)と同様に、年六分の割合による半年分の限度で、相当因果関係を肯定すべきである。

(4) 管理費用は、前記四2(二)と同様に、三万米ドルの範囲で相当因果関係を認めることができるが、管理費用に対する最終決定通告日以降の利息については、前記四3(三)のとおり、相当因果関係は認められない。

(三) 以上によれば、和解契約が締結された平成二年五月九日時点の被告のカーバスに対する債務中、原告の債務不履行と相当因果関係の範囲内にある損害として認められるのは、別紙計算書記載4のとおり、

▽損害金 一〇万四六二九・〇三米ドル

▽仲裁手続費用 四万五八七五・六七米ドル

▽仲裁手続費用に対する利息 一三七六・二四米ドル

▽管理費用 三万米ドル

の合計一八万一八八〇・九四米ドルとなるので、被告が和解契約に基づき支払つた二七万米ドル中、一八万一八八〇・九四米ドル(二八六五万五三四二円)につき、原告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。

5  仲裁手続のための弁護士費用

(一) 被告は、ICCの仲裁手続のための代理人として、山田勝重弁護士、エトワード・C・チアソン弁護士(カナダ)をぞれぞれ選任して事件処理を委任し、

(1) 山田勝重弁護士に対し、

▽昭和六二年一〇月二〇日 着手金 三〇万円

▽昭和六三年四月四日 第一回中間報酬、電話代等立替費用償還 二二万七五七七円

▽同年一〇月一二日 交通費等立替費用償還 二七万四八七二円

▽平成元年一月九日 交通費等立替費用償還 二二万七六三二円

▽同年三月二〇日 第二回中間報酬 一〇〇万円

▽同年四月一四日 交通費等立替費用償還 五〇万一二七八円

▽同年六月三〇日 書証英訳手数料 八万二四〇〇円 (合計二六一万三七五九円)

を、

(2) エドワード・C・チアソン弁護士が所属するレイドナー・ダウンズ法律事務所(在カナダ)に対し、

▽昭和六三年八月一二日 着手金 一万加ドル(一一〇万七五〇〇円)

▽同年一二月二二日 弁護士費用 五八三〇加ドル(六一万四七一六円)

▽平成元年二月一〇日 弁護士費用 一万〇七八八・七四加ドル(一一八万二〇一四円)

▽平成元年四月七日 弁護士費用 二万七一八〇・九四加ドル(三〇三万八〇一三円)

▽同年九月二五日 弁護士費用 二四九七・八〇加ドル(三〇万七八〇三円)

▽同年一一月二八日 弁護士費用 一〇五三・二三加ドル(一三万一一〇六円) (合計六三八万一一五二円)

をそれぞれ支払つた。

なお、被告は、山田勝重弁護士に対する着手金三〇万円を昭和六二年一〇月一三日に、同じく第一回中間報酬等二二万七五七七円を昭和六三年三月三一日に、同じく第二回中間報酬一〇〇万円を平成元年三月一四日に、同じく書証英訳手数料八万二四〇〇円を同年六月二三日にそれぞれ支払つたと主張しており、これらは当裁判所が認定した支払日とは差異があるが、いずれも些細な差異にとどまるし、支払の事実そのものは認められるから、損害の発生の判断に影響を及ぼすものではない。

(二) 被告が支払つた弁護士費用についても、基本的に前記四4(二)(3)と同様に考えるべきであるが、被告のカーバスに対する契約不履行の事実は明らかであること、被告のカーバスに対する反訴請求に正当性が認められないこと(前記四2(二))を特に考慮し、別紙計算書記載5のとおり、被告が支払つた合計八九九万四九一一円中、カーバスのICC仲裁手続での請求額三六万〇五二六・一二米ドルの五分に相当する一万八〇二六・三〇米ドルの限度で、原告の債務不履行と因果関係を認めるのが相当であり、したがつて、山田勝重弁護士に支払つた二六一万三七五九円中、八二万五二六〇円、レイドナー・ダウンズ法律事務所に支払つた六三八万一一五二円中、二〇一万四七七四円につき因果関係を認めることができる。

(三) よつて、合計二八四万〇〇三四円を原告の債務不履行と相当因果関係のある特別損害と認める。

6  東海林出張費用

(一) ICCバンクーバー支部は、平成元年一月二六日から同月三〇日までの間証人尋問を含む集中審理を行つたが、被告は、右審理において東海林に証言させる準備のために東海林を昭和六三年一一月二七日から同月二九日の間チアソン弁護士との打合せのために韓国に派遣する費用として、

▽昭和六三年一一月二六日 旅費、日当等、 一五万円

を、東海林を右審理に証人として出頭させる費用として、

▽平成元年一月一八日 ホテル代、日当等 四二万三〇〇〇円

を、東海林をカナダに派遣する費用として、

▽同年三月二〇日 航空運賃、空港利用税 一一万七六〇〇円

をそれぞれ支出した。

しかし、被告は、D/Aが存在するために反証がほとんど不可能であることを十分認識しており、東海林の証言は結果的に仲裁裁判に何ら影響を与えなかつたのであるから、いずれも原告の債務不履行との間の因果関係を否定すべきである。

(二) よつて、被告主張の東海林出張費用はいずれも損害として認められない。

7  履行利益について

被告は、履行利益を七九八万円と主張し、原告の債務不履行によつて失つた得べかりし利益であり、公租公課、費用等を控除した後の純利益に相当する金額であるとするが、他方、転売利益はわずか一〇〇万円程度であるとも主張しており、右主張に副う証拠も存在する。しかし、いずれの金額についても、その具体的算定根拠を何ら主張立証しない。

理論的には、被告とカーバスとの間の契約金額と、原告と被告との間の契約金額との差額である転売利益が、本件では履行利益を構成することになると考えられるが、本件での売買は、KTI、カーバス、パンコリアが関与する国際商事取引であつて、被告は、カーバスとの間の契約、原告との間の契約を履行するためには、通常の国内取引に比べてより多額の費用の支出を免れないし、特に、釜山からボンベイまでの海上運送費用を負担しなければならないから、右差額をそのまま取得できるものではない。結局、本件全証拠によるも、転売利益の具体的金額は明らかにならず、履行利益の存在を認めるべき的確な証拠はないといわざるを得ない。

よつて、被告主張の履行利益七九八万円は損害として認められない。

8(一)  以上によれば、原告の債務不履行による被告の損害として認められるのは合計七一一五万三〇一三円であり、その内訳は、次のとおりである。

(項目) (認定損害額)

(1)昭和六三年四月二八日に納付した予納 金一八九万円

(2)平成元年一月二〇日に納付した予納金 一九三万四二五〇円

(3)平成二年一月八日に支払つた賠償金 三五八三万三三八七円

(4)同年五月一〇日に支払つた賠償金 二八六五万五三四二円

(5)昭和六二年一〇月二〇日に支払つた弁護士費用 九万四七二一円

(6)昭和六三年四月四日に支払つた弁護士費用 七万一八五四円

(7)同年一〇月一二日に支払つた弁護士費用 八万六七八七円

(8)平成元年一月九日に支払つた弁護士費用 七万一八七二円

(9)同年三月二〇日に支払つた弁護士費用 三一万五七三八円

(10)同年四月一四日に支払つた弁護士費用 一五万八二七二円

(11)同年六月三〇日に支払つた弁護士費用 二万六〇一六円

(12)昭和六三年八月一二日に支払つた弁護士費用 三四万九六八〇円

(13)同年一二月二二日に支払つた弁護士費用 一九万四〇八九円

(14)平成元年二月二〇日に支払つた弁護士費用 三七万三二〇七円

(15)同年四月七日に支払つた弁護士費用 九五万九二一八円

(16)同年九月二五日に支払つた弁護士費用 九万七一八五円

(17)同年一一月二八日に支払つた弁護士費用 四万一三九五円

(二)  債務不履行による損害賠償債務は、期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項により履行の請求を請けた時に初めて遅滞に陥るものであるところ、被告が、その主張する損害のうち、項目(1)、(5)及び(6)につき昭和六三年八月三日送達の本訴答弁書をもつて、項目(2)、(3)、(9)、(11)ないし(15)につき平成二年一月二二日送達の本件反訴状をもつて、項目(4)につき同年六月二五日送達の同月一九日付「反訴『請求の趣旨』拡張の申立」をもつて、項目(7)、(8)、(10)、(16)及び(17)につき同年七月三日原告受領の同日付「訂正の申立」をもつて、その賠償を原告に求めて催告した事実は、当裁判所に顕著である。(なお、被告の催告金額は、いずれも被告が現実に支出した金額であり、当裁判所が認定した損害額とは差異があるが、両者は金額の点で差異があるだけで損害賠償債務としての同一性を否定すべき事情は認められないから、いずれも催告としての効力を認めるべきである。)

(三)  よつて、被告は、債務不履行による損害賠償請求権として、原告に対し、七一一五万三〇一三円及び内金二〇五万六五七五円に対する昭和六三年八月四日から、内金三九九八万五五八五円に対する平成二年一月二三日から、内金二八六五万五三四二円に対する同年六月二六日から、内金四五万五五一一円に対する同年七月四日から、各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める債権を取得した。

五  争点3について

1  被告が、原告に対し、平成二年一月一一日送達の本件反訴状をもつて、前記四8記載の損害項目(1)、(2)、(3)、(5)、(6)、(9)、(11)ないし(15)につき、本訴請求権と対等額で相殺する旨の意思表示をした事実は、当裁判所に顕著である。

2  相殺充当計算をする前提として、相殺適状を生じた時期が問題となる。

(一) 自働債権となる債務不履行による損害賠償請求権は期限の定めのない債権であり、被告はいつでもその履行を請求し得るのであるから、相殺適状の要件として考える限り、債権成立と同時に弁済期にあると解すべきである。

(二) 債務不履行による損害賠償請求権については、数度にわたり現実の支出を行うなどして、賠償を求める個々の損害項目が個別に具体化又は現実化し、損害額が確定する場合でも、抽象的又は観念的には、その基礎をなす損害自体は債務不履行時に発生するとみることができるから、その成立時期は債務不履行時と解すべきである。また、右の場合に、同一の債務不履行行為による同一利益の侵害に基づき生じたものと認められる場合には、一個の損害賠償請求権を構成するものと解すべきである。

本件で、原告の債務不履行と因果関係のある損害と認められるものは、いずれも、原告の本件売買契約の履行遅滞によつて生じた被告とカーバスとの間の紛争を解決するために、被告が支出を余儀なくされたものであるから、理論的には、本件売買契約の最終納期を経過した昭和六一年一一月一八日に一個の損害賠償請求権が成立したと解すべきことになる。

(三) しかし、昭和六一年一一月一八日に七一一五万三〇一三円の損害賠償請求権が成立し、相殺適状を生じたものとして相殺計算を行うときは、被告は、その支出した予納金、賠償金等につき債務不履行時から現実の支出時までの間に生ずることのあり得るべき中間利息を不当に利得することになり適切ではない。そこで、これを避ける一つの方策として、現実に予納金、賠償金等を支出した時に、個々の損害項目につきそれぞれ損害賠償請求権が成立し、相殺適状を生じたものとして相殺充当計算を行うことが、当事者の意思にも合致し、適切であると考える。

3  本件では、複数の受働債権が存在し、自働債権についても複数存在するものとして相殺充当計算を行うことになるが(右五2(三))、対立する複数の債権間の相殺充当の順序は、自働債権については被告の指定(平成三年一二月一六日受付の同月一七日付準備書面、二)に、受働債権については民法五一二条、四八九条、四九一条の定めるところに従うべきである。

(一) 自働債権の内容(金額、成立日、前記四8記載の損害項目との対応関係)、被告が指定した順序は、次に記載するとおりである。(なお、被告は、前記四8の損害項目(6)、(11)につき相殺充当の順序を指定していないが、右二項目については、他の自働債権につき相殺充当した後で、相殺適状を生じた順に相殺充当するのが合理的であると考える。)

(金額) (成立日)(前記四8の損害項目)

▽一八九万円 昭和六三年四月二八日 (1)

▽一九三万四二五〇円 平成元年一月二〇日 (2)

▽三四万九六八〇円 昭和六三年八月一二日 (12)

▽一九万四〇八九円 昭和六三年一二月二二日 (13)

▽三七万三二〇七円 平成元年二月一〇日 (14)

▽九五万九二一八円 平成元年四月七日 (15)

▽九万四七二一円 昭和六二年一〇月二〇日 (5)

▽三一万五七三八円 平成元年三月二〇日 (9)

▽三五八三万三三八七円 平成二年一月八日 (3)

▽七万一八五四円 昭和六二年四月四日 (6)

▽二万六〇一六円 平成元年六月三〇日 (11)

(二) 受働債権の内容(金額、弁済期)は、次のとおりである。

(金額) (弁済期)

<1>一五七万一二六〇円 昭和六一年七月九日

<2>六〇〇万円 昭和六一年八月九日

<3>一八〇万円 昭和六一年八月九日

<4>三八万〇三〇〇円 昭和六一年九月八日

(三) 相殺充当計算は別紙相殺充当計算書のとおりであり、平成二年一月八日に成立すると擬制した三五八三万三三八七円(前記四8の損害項目(三))を相殺充当した段階で受働債権はすべて消滅し、右三五八三万三三八七円につき三〇七九万四六五〇円が残存することになる。

3  よつて、相殺充当後の残額は次のとおりとなり、被告は、原告に対し、合計六〇〇〇万三三七三円及び内金七万一八五四円に対する昭和六三年八月四日から、内金三〇八二万〇六六六円に対する平成二年一月二三日から、内金二八六五万五三四二円に対する同年六月二六日から、内金四五万五五一一円に対する同年七月四日から、各支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求めることができる。

(金額) (催告日) (前記四8の損害項目)

▽三〇七九万四六五〇円 平成二年一月二二日 (3)

▽二八六五万五三四二円 平成二年六月二五日 (4)

▽七万一八五四円 昭和六三年八月三日 (6)

▽八万六七八七円 平成二年七月三日 (7)

▽七万一八七二円 同日 (8)

▽一五万八二七二円 同日 (10)

▽二万六〇一六円 平成二年一月二二日 (11)

▽九万七一八五円 平成二年七月三日 (16)

▽四万一三九五円 同日 (17)

第四  結論

以上のとおりであるから、

1  原告の本訴請求権は、いずれも相殺によつて消滅するので、本訴請求には理由がなく、

2  反訴請求は、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、

(一)  六〇〇〇万三三七三円

及び

(二)  内金七万一八五四円と内金三〇八二万〇六六六円の合計三〇八九万二五二〇円に対する(七万一八五四円につき弁済期の経過した後であり、三〇八二万〇六六六円につき弁済期の翌日である)平成二年一月二三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、

(三)  内金二八六五万五三四二円と内金四五万五五一一円の合計二九一一万〇八五三円に対する(二八六五万五三四二円につき弁済期の経過した後であり、四五万五五一一円につき弁済期の翌日である)平成二年七月四日から支払済みまで同じく年六分の割合による遅延損害金

の各支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官 沢田三知夫 裁判官 片野悟好 裁判官 菅家忠行)

《当事者》

原告(反訴被告) 京華産業株式会社

右代表者代表取締役 小山 茂

右訴訟代理人弁護士 織田貴昭 同 坂本秀文 同 長谷川宅司

被告(反訴原告) 株式会社宮入バルブ製作所

右代表者代表取締役 大山哲浩

右訴訟代理人弁護士 塩川哲穂

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